NO.10982174
育て方
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0 名前:言われた子供:2023/02/27 08:19
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否定的な発言を言われて育った方、どう育ちましたか?
私自身が親から容姿のことで否定的なことを言われた育ち方をしました。
結婚するまでなので、25年間です。
母はプライドが高く負けず嫌い。
事あるごとに他人と私を比較されました。
勉強、運動神経、活発さなど。
その中で私の容姿(顔)についてしょっちゅう何かあるごとに言われた言葉が
「あんたはかわいいのに、~~(一部分)がもっとこうだったらもっとよかったのに」
「あんたはここが~~がこうだから、もっとこうなればいいのに」
と言う言葉を言われ続けました。
母の中で他の子と比べて私の顔が気に入らないところがあったらしく、この言葉を聞かされた私は自己肯定感が低く、~~が、とんでもないコンプレックスの塊になっています。
他人の子と比べて自分の子が劣っているのが、耐えられないくらい悔しかったんでしょうね。
私自身は整形手術も考えず個性だと思っています。
ただ自分では、自分は自分とこの顔を思っている反面今現在もずっと、人の目が気になります。
私は~~なんだろうなって。
母が言うようにみんな思ってるんだろうなって。
すごく心の傷だし、深い根深いコンプレックスは死ぬまで残ると思います。
小さい頃から、私は無表情と言われて自信のない子と言われていましたが今思うとこんな育ち方したのに当然なのかなと思います。
自信がないことはすべてにつながり、性格に大きくつながってる気がします。
自分が親になって子供に対してこういうことを言うかと考えてみたら、言わないです。
反面教師で私は子供には自由にのびのびとさせています。
子供のすべてを受け入れて、ただ人生を楽しく生きてほしいと子供には願います。
自分の子供にはコンプレックスのない人生を送ってほしいと思えるように私を育ててくれたことだけは、母に感謝です。
小さい頃からずっと毎日のように否定的なことを言われ育てられた子は、私のように人の顔色を見る子に育つのでしょうか?
否定的なことを言われ続け育った方、今現在自分の性格はどうですか?
いい年して、もうすべて受け入れていますが育ち方によっては私も自己肯定感がもっとあったんじゃないかと時々思います。
もちろん成人してからは自分の力もあるし、自分の問題もあるのはわかっていますが、育て方って人生そのものを変えてしまうんじゃないかとよく思います。
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3 名前:匿名さん:2023/02/27 08:49
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私は勉強に関して否定的というか
数学が得意で95点100点取っても褒めてもらえず、
数学だけよくてもねなんて言われて育ったんだけど、
勉強に関してだけではなく全体的に褒められたい人に育った。
で、やっぱり子供には褒められない寂しさは味わってほしくなくて、
例えばテストの点数悪くてもまずいい部分を褒めるようにしてきてる。
なんでもまずは褒めてる。
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4 名前:匿名さん:2023/02/27 08:58
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優秀な兄といつも比べられていました。
父と母が不仲になってからは、性格や容姿も
「お父さんにそっくり」と嫌そうに言われる事もありました。
でも自己肯定感そんなに低くない。
私は私の人生を生きる。そういう思いが子供のころから強かった。
漫画や本が好きで色々読んだ影響も大きいと思う。
兄が優しかったのもよかったのかな。
親の影響や環境は育つ上で大きいけど
それだけではない。
いつまでも親への思いに縛られるほうが不幸だと思う。
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5 名前:匿名さん:2023/02/27 09:01
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殺されるほどではないけれどたぶん毒親の部類の実母
たぶん、なんて書くあたりがもう自己肯定感が低いな、と我ながら思うwそんな感じです。
40歳過ぎくらいまで、相手がおかしいんじゃ?と思っても自責で苦しかったですが、50を過ぎてからは少し生きやすくなりました。
他人なら合わなければさよならできるのに、血縁は死んでも付き纏ってくるから辛いよね。
おっしゃる通り自分の人格形成にも間違いなく爪跡が残っているし。
それでも生かされている間は生きていくしかないから、これからは少しでも小さなことでも楽しもうよ。ね。
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6 名前:匿名さん:2023/02/27 09:06
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私は小さい頃ものすごい引っ込み思案で、小学校でほとんど喋らなかったこともあって、母は私に過保護過干渉だった。
それに私は極端な偏食もあり、「あんたを旅行に連れて行っても食べさせるものがない」「パンとお茶漬けだけたべといたら」と言われていた。
大人になっても「あんたには無理」「あんたにはできない」を何かにつけて言われた。
免許を取る時もすごく反対されたし、一人暮らしをしたいと言ったら猛反対。
でも私の人生はだんだん自分には実はできるということばかりで、「なんだ自分だって他の人と同じだ」と感じることがとても多かった。
結婚は遅めで出産も38だったけど、それでやっと親の呪いみたいな心配の言葉から抜け出したと思う。
相変わらず話し下手で引っ込み思案ではあるけど、旅行が大好きで自分に自信もある。
親の態度はその人にものすごい影響を与えるけど、子供の時のままではないと思う。
そして母が認知症になり世話をするようになって気がついたのは、引っ込み思案も好き嫌いが多いのも母に自分はそっくりだったということ。
いまは私が母の保護者のようになっている。
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7 名前:匿名さん:2023/02/27 09:35
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それはまあ、戦後育ちの親ですから、いろいろありましたよ。
若い時は自己愛性人格障害傾向がかなりあったと思いますが、育自でなんとか改善したつもりではいます。
でもそれは他人にいっぱい甘えて迷惑を掛けてきてのことだと思うので、過去を振り返るときついです。
何もお返しはできませんが、感謝の気持ちと日々の平穏を大切に生活していくように気をつけています。
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8 名前:匿名さん:2023/02/27 09:45
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父親は戦中に酷い育ちをしたようで、
長子だったのに尊重されなかったルサンチマンで姉を贔屓した。
話しかけても無視されたし、殴る蹴るもあった。時々は良い時もありましたが。
姉は優秀で、外の世界でも姉が絶対。
なんとか生きてきて子供も育て終わったけど、
数年前に母親から、子育てにダメ出しされた上、
父親がわたしを無視してきたのはあんたが悪かったからと言われて
それっきりです。
自分の子育ては完璧だったと思っているのか?
いつまで続くか不明。このまま終わるかも。
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9 名前:匿名さん:2023/02/27 10:28
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ドラマ「大奥」原作で人気のよしながふみ「愛すべき娘たち」読んでみたら?
主さんとそっくりな人が出てきます。
美人さんなのに、自分にコンプレックスを持っている母親が娘を育てる話。
読んだらものすごく共感できると思う。
いい漫画だよ。
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10 名前:匿名さん:2023/02/27 12:25
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親たちは自覚無いと思うよ。
うちらだって無いじゃん、いろいろ。
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11 名前:匿名さん:2023/02/27 12:48
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私は両親と姉から罵詈雑言、暴力を常に受けて育った。
まー自己肯定感はないし、結婚して生まれた子がつかまり立ちするくらいの年齢で両手をバンザイしただけで、腰抜かして泣くくらい、人の手が上がるのが恐怖と骨の髄まで染み込んだ育ち方だった。
未だに夫にも子供にも理解されないのが、早く死んであげることが家族への最大の愛情表現だと思っていること。
自分の親が早く死んで欲しい存在だから、私自身の存在もあの親たちと同じだとしか思えない。
親にされたことの影響は自分自身の核になって消せないと感じてる。
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12 名前:匿名さん:2023/02/27 13:21
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完璧な親はいないし、完璧な育てかたってないのよ。どの親も試行錯誤して育ててるのよ。主さんの自由にのびのび子育てもも「子供にとっては」正解では無いかもしれません。
小さいうちは親からの影響が全てだったのが、だんだん他者との影響を受けて人間って育っていきます。周りの環境は大切ですね。
そして、思春期を経て親に反抗することで、自立していくのです。毒親だと気づいたら出来るだけ早く全力で逃げるべきでしたね。今頃グダグダ言ってるってことは主さんは反抗期がなかったのでしょうね。反抗期って本当に大切です。
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13 名前:匿名さん:2023/02/27 13:24
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>>12
こういうのイヤだわ。
主はそれが辛かったと言ってるのに、
否定してるんだもの
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14 名前:匿名さん:2023/02/27 13:28
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昔の親って、褒めなかったよね。溺愛された人は別だけど。
今より人権とかコンプラとか考えなかった時代。まして子どもは親の付属物であんまり大事にされてなかった。
でも、親の言葉でよい面も反面教師部分も知れた気がする。大人に早くなった気がする。
今は理想と良い環境と口当たりのいい教育で現状とのギャップに悩む子が多い気がする。
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15 名前:匿名さん:2023/02/27 13:29
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>>14
それはあると思う。
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16 名前:匿名さん:2023/02/27 13:31
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>>14
>今は理想と良い環境と口当たりのいい教育で現状とのギャップに悩む子が多い気がする
それ、あるかもね。
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17 名前:匿名さん:2023/02/27 13:32
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ずっと否定されて育ってきて、
その弊害だなと思うのは、
子供の頃の思い出を人に話せない、
他の人と一緒に子供の頃を盛り上がれないのは虚無感に苛まれ、その場から去りたいと思ってしまう。
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18 名前:匿名さん:2023/02/27 13:33
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>>12
わかりきったことをここまで偉そうに堂々と書けるなんて、ある種の感心を覚えるわ。
幸せな人だね、あなた。
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19 名前:匿名さん:2023/02/27 13:41
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>>14
褒めなくとも、容姿や能力、趣味嗜好までは否定されなかったでしょ?
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20 名前:匿名さん:2023/02/27 13:42
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>>14
それはどうかな?
教育ママという言葉が生まれてるんだから、支配してたんだと思うよ。
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21 名前:匿名さん:2023/02/27 13:43
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>>14
>大人に早くなった気がする。
どういう部分で早く大人になったなと実感したの?
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22 名前:匿名さん:2023/02/27 13:51
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>>14
そうだよね、親もそうだし、学校の先生も今、思うと生徒にすごいこと言ってた。
小学生の時に、担任から可哀想なくらい集中砲火にあっている男子とかいて、
今だったら教育委員会に訴えられるレベル。あの頃、子供に人権なんてなかった気がする。
うちの親もすごかったよ、容姿もそうだし、色々なことに対して否定しまくられました。
(妹は可愛かったらしく、比べられて)。
しかも顔のことについてはなぜか、母親方の親戚、祖母とかまで、性格悪い一家。
なので未だに自己肯定感は低いかも。
今は褒めて育てよだからね。
私も自分のこともあってか、子どものことはあまり否定しない。
たぶん、子どもは自己肯定感は低くないと思う。
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23 名前:匿名さん:2023/02/27 14:18
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>>14
うんうん、そうだった。
褒めて育てるなんての、無かった。
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24 名前:匿名さん:2023/02/27 14:22
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>>19
14だけど、別に虐待されて育った訳じゃないし、親に感謝を今もしてるけど
よその子を褒めて自分がけなされるって事はあったよ。
意地悪とかじゃなくて、他人より見劣りする事があったんだと思う。
それを指摘してたんだと思う。自信がある方じゃなかったので、人より頑張らないと
って思ってた。ほめられて育ってないのでプライドは高くない。
今の子はほめられて育つ子が多いからプライドがいい意味でもそうじゃなくても
高い子が多い。
早く大人になったっていうのは、大人の良い面も悪い面も見てきたし話も
聞いてたので、大人になる段階でギャップをあまり感じなかった。
まぁ大人ってこんなもんさって思ってた。
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25 名前:匿名さん:2023/02/27 14:25
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>>14
時代だと思う。
親だけじゃなく先生もそうだった。
通知表の備考欄に堂々と
「もっと積極的になりましょう。」とか短所に「消極的」とか書かれたこともあった。
今の先生は絶対にそんな事は書かない。子どもの通知表も何もかも。
今の先生はいいことしか書かない。(今の、と言っても10年以上前だけど)
そういう時代だったと思う。
夫ともよく話す。
「私らが子どもの頃は褒められるとかほとんどなかったよね。
ダメ出しだけされた」
と。
夫は義父からけちょんけちょんにされて育ったが、
自己肯定感はすごく強い。自分に自信がある。
実家を出て社会人になってからメキメキと自信がついた、と言う。
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26 名前:匿名さん:2023/02/27 14:33
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>>24
大人になる段階でギャップをあまり感じなかった。
大人ってこんなものと思ってしまうのは、身近にいた大人はへの失望?
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27 名前:匿名さん:2023/02/27 14:34
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>>25
昔のほうが親としていいということ?
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28 名前:匿名さん:2023/02/27 14:37
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>>27
何かで読んだんだけれど、褒められて育つと、褒められないとやらない子になるんだって。
絶対ではないだろうけれど、そういう傾向はあるのかもとは思う。
社会に出るとそんなに褒められないよね。
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29 名前:匿名さん:2023/02/27 14:38
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虐待は絶対ダメだけど、
ダメな事はダメって指摘してほしいな。
そうじゃないと裸に王様になりかねない。
テレビで大企業で優秀な入ったばかりの新入社員が会議に準備で椅子や机出して
下働きは求めてた仕事じゃない、サブで仕事を任せてもらえない等で退職する人
が多いってあったけど、私達の世代のしてみれば、新人は下働きをしてからじゃないのって
思うけど、今の人達は違うんだなと思った。
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30 名前:匿名さん:2023/02/27 14:42
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>>28
ならば、
未来の日本は危ういね。
>社会に出るとそんなに褒められないよね。
成果はハッキリでるよ。
昇給や昇進という形でね。
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31 名前:匿名さん:2023/02/27 14:43
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>>29
のとかにとか繋ぎがずっと変だけど慌てて書いたの?
慌てなくていいと思うよ
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32 名前:匿名さん:2023/02/27 14:46
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>>30
営業でなくてもそんなに目に見えて差が出る?
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33 名前:匿名さん:2023/02/27 14:48
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>>29
>ダメな事はダメって指摘してほしいな。
今の子は、そういう指導もされてないのですか?
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34 名前:匿名さん:2023/02/27 14:50
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>>32
「差がでる?」とは誰かと比べてる?
結果しか着目しない昭和の思考なら、営業職のほうが「差がでる」だろうね。
今の企業、結果はもちろん求めるけど、必要な力はそれだけではないよ。
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35 名前:匿名さん:2023/02/27 14:52
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>>31
全然変じゃないじゃん。
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36 名前:匿名さん:2023/02/27 14:53
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今、新入社員も褒めて、おだてて育てる、らしいよ。
うちの主人曰く、ちょっときつい事を言うと泣いちゃったり(男子)、
すぐに辞めちゃうから気を使って大変らしい。
若者が少なくて、働き手もいないから大事に大事にされてるよね。
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37 名前:匿名さん:2023/02/27 14:55
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>>31
うん、変な文章ではない。
31の方がおかしい。
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38 名前:匿名さん:2023/02/27 14:56
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現代の子が打たれ弱い子が多いのは確か。
だって普通に優秀なら怒られる事も少ないから自己肯定感が高い。
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39 名前:匿名さん:2023/02/27 14:58
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>>34
「差が出る」というのは仮に効率よく仕事をする人と、そうでもない人がいると思う(仕事の上で差がある)けれど、とくに言葉では褒められない。
昇給や昇進に即つながれば、それが褒められたと同じであるという話だったから、営業ならそうだろうけれど、他の事務職等だとどうなんだろうと。
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40 名前:匿名さん:2023/02/27 14:58
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>>38
これ、つまり、自己肯定感の強い子は打たれ弱いって言ってるの?
逆じゃないか?
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41 名前:匿名さん:2023/02/27 15:00
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一流大学出てたりするとプライド高いし自己肯定感も高いよね。
企業入ってから下働きは納得しないでしょ。特別って思ってるんだから。
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42 名前:25:2023/02/27 15:02
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>>27
そうは思わない。
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43 名前:匿名さん:2023/02/27 15:04
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何でも親のせいにしてる人は成長しない
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44 名前:匿名さん:2023/02/27 15:11
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>>43
だとしても、親のせいで傷ついている人はいるよね。
そういう人に、親の責任もあるんだよ、あなたが自分を責めなくてもいいんだよ、と教えてあげることは意味があるとおもう。
たまたまだけど、今日、和田秀樹が新聞に「残念ながら次席は人を成長させません」みたいなことを書いていて、なるほどと思った。
自分を責めてばかりいても、発展性はない。
自分がなぜこうなってしまったのか、を振り返るときに、親は絶対に正しいという思い込みを一度捨てることは、客観的になるためにも、自分を俯瞰するためにも非常に有効だと思うよ。
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45 名前:匿名さん:2023/02/27 15:12
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>>44
ごめん。
次席 → 自責
でした。
自分に責任がある、と自分を責めても人は成長しないんだって。
反省は大事だけど、自責は役に立たない、と和田秀樹は言ってる。
それが絶対だとは言わんが、一理あると思った。
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46 名前:匿名さん:2023/02/27 15:12
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>>44
大人になって、
親は絶対に正しいなんて思ってる人居ます!???
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47 名前:匿名さん:2023/02/27 15:13
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>>44-45
和田秀樹って誰?
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48 名前:匿名さん:2023/02/27 15:13
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自責じゃない?
反省は必要と思う。
トヨタもカイゼンで成長してきたし。
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49 名前:匿名さん:2023/02/27 15:14
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和田秀樹がワカラン。
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50 名前:匿名さん:2023/02/27 15:16
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受験アドバイザー?
医者?
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51 名前:43:2023/02/27 15:16
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>>44
親の影響は大きいとは思うよ。
でもそれはそれ。大人になったら自分の人生を作るのは自分です。
何でも親のせいにするのは違う。
何でも親のせいにしてるから、変われないんだよ。
逆境はどんな人にもあるよ。
それが小さい頃の親子関係にあったことは不幸なことであると思う。
でもそれはそれ。
大人になった自分の人生は自分で紡いで行くのだから、
方向性を決めるのは自分。
苦労がない人なんか居ない。
皆どこかで挫折したり深く傷ついたりして
そこから立ち上がって生きてるよ。
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52 名前:匿名さん:2023/02/27 15:17
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>>49
和田秀樹は
大阪府出身の受験アドバイザー、評論家(教育・医療、政治・経済)、精神科医(川崎幸病院精神科顧問)、臨床心理士、映画監督[1]、小説家、管理栄養士。
灘中、灘高、東大医学部卒。