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友達という存在
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0 名前:匿名さん:2025/01/18 12:06
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旦那は結婚という形式上パートナーになったもの
子供は自分の中から出てきた人
なので自分の力で傍にいるのではなく
パートナーだから子供だからそこにいてくれる
でも友達は自分という他人に魅力を感じて、損得抜きに会いたい、そばに居たいと思ってくれる存在
だから、いないのはやはり寂しいだろうなと思います
数年前、転勤で地方に来て、学生時代の友達と疎遠になりつつある
浜ちゃんが息子に「人の気持ちを分からないと友達が居なくなる…友達が居ない程不幸なことは無い」と言った
と聞いて
なんか親世代のくせにズキンと来ました
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1 名前:匿名さん:2025/01/18 12:12
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話していて楽しい人、居心地の良い人に主さんから誘ってみては?
学生時代と違って、大人になると多くの人と出会うわけではない。出会った人と中から友達と呼べるほど気の合う人が出てくるかどうかも分からない。
なので、とにかく人付き合いの間口を広げること。
いろんな場所に顔を出して居心地の良い人を見つける。
昔の友達に連絡してみるのもいい。
大人なんだから世界どこにいても会いに行けるしね。
そんな感じで私は友達と楽しく過ごしてるよ。
一旦は年賀状だけの付き合いになった友達とも会うようにもなった。
私の周りの友達と楽しく過ごしていると思う人はみんな私のように間口を広げてる気がする。
それらを面倒臭いと思ったら大人になってから友達を探すのは難しいと思う。
そして友達との付き合いをとにかく楽しむ。
みんな楽しい人と友達になりたいと思う。
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2 名前:匿名さん:2025/01/18 12:19
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友達の設定家族の設定の条件が何だか主さんとは違うきがするけど。
友達は向こうが自分に魅力を感じた人だというんじゃなくて
お互いが興味があることが同じとか
楽しい時間の共有をした経験があるとか
なんとなく存在がほっこりする人のことだと思っていて
疎遠でも遠距離でもふと連絡してみようかなって思ったらしてみている。
今の住所に来てからの友達は疎遠になるとそれきりになりそうなくらいの仲の良さ。
やっぱり自分から積極的にならないと疎遠になる。
でもまあ無理のない範囲で時々付き合う。
そのうち仲がもっとよくなるかもしれないし、また別の出会いにつながることもあるかも。
あまり定義をすると範囲を狭めちゃうと思う。