NO.6698802
駄)昔の高校受験
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13 名前:なるほど勉強になる:2018/03/30 14:39
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>>7
>学校群というのは、昔の都立高にあった制度です。
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>2校か3校が一つの群になります。
>受験生は群を志望して、合格したら、適当に群の中の高校に割り振られます。
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>なぜ、そんな制度にしたかというと、都立のエリート校をなくすためです。
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>例えば、学区のトップ校と2番手校を一つのグループにする。すると、その群に合格できる割合は、2校分の定員なので、入りやすくなります。
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>私の学区なんか、トップの群が3校で構成されていたので、3番手校まで入れる学力があれば、3分の1の運で、トップ校には入れました。
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>で、結果は、都立高の人気は凋落し、国立付属や私立に流れました。
へーそうだったのね。
都内在住で2年後受験生。
私が都立受験してないので学校調べから勉強中。
過去には学区ってものがあったんだって知識程度だったから、色々不思議だったのよね。
いっそのこと、都立希望者、合格者を上から振り分けてよって逃げたい気持ちまであった(苦笑)
けど、似たようなことをやって失敗してたってわけなのね。
でも合格者を適当に振り分けってどうやって分けてたのかしら。
トップと三番手の実力じゃ違いすぎるよね。